公民先生の雑談。

授業がすきです。どこかで何かの先生をやっています。

「けものフレンズ」から考える経済論

  

 

 


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この記事を公開するのは、とても勇気のいる事だった。理由は単純である。

 

「え?公民先生けものフレンズ見てたの?オタクか〜

?」

 

って思われるのが穴があったら頭から入って「タスケテー!!」って言いたいくらい恥ずかしいからである。

 

ましてやこの記事は見てない人にとっては「全然わからん!」ってなること間違いなしで、失望を買うことは間違いないからだ。

 

 

 

認めよう。私はフレンズなのだ。

深夜アニメというものと無縁なまま二十余年過ごしてきたが、興味本位で見た人生初の深夜アニメ「けものフレンズ」にどハマりしてしまった。

 

「見る抗鬱剤」と称されるほどのゆるい世界観。その中に数滴垂らされた不穏な雰囲気。完全に飲まれてしまい私はいつのまにかフレンズになっていた。

 

1話の中で出てくる「大丈夫大丈夫!フレンズによって得意なこと違うから!!」というサーバルのセリフに聖母のような優しさを感じ嗚咽して涙を流しそうになったりもした。

 

作中では伏線と呼ばれる考えたくなる謎があまりにも多く「考察班」としてこの物語の行く末をアミメキリン並の考察力であれこれと考えたりした。

 

 

 

そして作中の世界観を見ていて、私はある事を考えだした。

 

「この世界は、もしかしたらこの日本という国の未来として目指す方向性を示しているのではないか?」

 

ということである。

「は?イキリオタクが偉そうなこと言ってんじゃねぇぞ?」

と思ってるだろうが、許してほしい。

 

 

私が注目したのは「けものフレンズ」の舞台であるジャパリパークの経済システムである。

 

この世界では、人類はおらず、フレンズ達が悠々自適に暮らしている。

(フレンズって何だよ。となった方は本当に申し訳ないが、けものフレンズ全話見てから来てくれ。多分この先読んでもキモオタが特有の早口で唾を飛ばしながら喋ってコーナーで差をつけてる姿しか想像できないと思う。)

 

 

つまり、ジャパリパークの住人は、労働をしないのだ。労働をしないで、悠々自適に暮らしているのだ。

なぜ、労働をしなくても大丈夫なのか。

 

それはラッキービーストというAIロボットが生産労働をすべて行っているのである。

 

フレンズ達は、労働をしなくても、AIロボットのラッキービーストが労働をして食料(ジャパリまん)を供給してくれる為、なに不自由なく暮らせているのだ。

 

仮に労働をするとしても、あくまで社会奉仕的な労働であり個人の好きなようにやりたい範囲の労働飲みしているのだ。

例えば、作中では

ジャガーの渡し船業。

アルパカのカフェ経営。

博士助手の図書館司書。

PPP、マーゲイのアイドル業。

キタキツネ、ギンギツネの温泉管理。

アリツカゲラの宿場経営。

ヒグマ、キンシコウリカオンのパーク内警備。

 

などがあげれらる。

これらは「労働」と言っていいと思われるが、あくまで「自主的」なものであって、当然給料などはないし、そもそもこの世界は貨幣経済ではないのだ。

 

言ってしまえば完全に「共産制」を取っている社会なのだ。

 

 

もちろん。だからと言ってジャパリパークのようにジャパンも共産制になれと言ってるわけではない。

 

 

自動AIが人類の仕事を今後奪って行くことは間違いない。直近で言えば、自動車の運転、ファストフードやコンビニの店員。さらに単純な料理はすべてAIでできてしまう世界がもうすぐそこまで来てるのだ。

 

作中では食料生産、施設の管理維持などはすべてラッキービーストが行っているのである。

 

人類は方向性を見誤るわけには行かないと思う。

 

資本家が利益を総取りし、多くの不要になった労働者が失業しその仕事をAIが取って代わる社会は十分にありえるし、すぐ近くまで来ている。

 

では、目指す方向性とは何か。

ジャパリパークだ。

AIロボットが労働をするなら、その利益は国民全員が受け取るべきだと思う。

 

これに近いと私が考えたのが、ソクラテスプラトンなどが生きた紀元前のギリシア世界である。

 

当時のギリシア人は労働をしない。国防以外の労働を基本的にしないので、哲学や科学などの学問に集中し社会を発展させてきた。

 

では、なぜギリシア人は労働をしなくて良かったのか。「奴隷」がいたからである。奴隷がほぼすべての労働を担っていたため、ギリシア人は労働をせず生活する事ができた。

 

これに近いようなシステムは良いんじゃないかと考える。

 

もちろん奴隷制度は論外だが。

つまり、その奴隷の役割をAIが担うのだ。AIが生産活動の労働を行い、人間はその利益を享受する存在となればいいのだ。

(「AIにも人権を」などと言い出すコツメカワウソ野郎がいそうだが、今はその議論はしないです。)

 

 

生活活動はラッキービースト。

フレンズは自由きままに生活。

 

 

生産労働はAIロボット。

人間は少ない労働で今より限りなく自由な生活へ。

 

 

以上、一気に書きました持論です。

こんなプレーリードッグが掘ったみてぇな穴ボコだらけの理論ですので、優しい目で見てくれると嬉しいです。

 

 

どうだったでしょうか。

確か東洋経済とかでも似たような論を見た気がします。それをけもフレで例えてみました。

なおさら分かりにくくなった気がしますが。まぁ、許してください。

 

 

それでは、東武動物公園でお会いしましょう!!!!

 

 

 

ウェルカムトゥーよーこそジャパリパーク今日もドッタンバッタン

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