公民先生の雑談。

授業がすきです。どこかで何かの先生をやっています。

袋叩きの国

とりあえずかわいいカエル

f:id:odori1242ann:20160914204033j:image

 

 

 

 

 

高畑容疑者が逮捕された。

そんなご存知の事件から、私が感じた違和感について少し話します。

 

 

少なくとも、私が言いたいのは、「高畑は何てやつだ!」でも、「高畑は実は冤罪!」でもありません。

 

 

 

わからないのに、なんで袋叩きにするんだろう。です。

 

 

 

www.sankei.com

 

 

第一報はこちら。私の感想は「え?だれ?」でしたが、どうやら俳優さんらしく、ビッグニュースになりましたね。

これ以降、高畑「容疑者」となります。

「容疑者」は法律用語でいうと「被疑者」と言います。

要は、犯人かもしれないという話です。

 

 

 

で、その「犯人だろう」今回の場合は、同意なき「強姦だろう」の人はメディアでお祭り騒ぎの材料になります。

www.daily.co.jp

※別に読まなくてもいいです

「昔からこんなに不評だった!!!」

「私も、あいつは変な人だと思ってました!!!」

 

 

 

そして荒れるインスタ。

芸能人でなくても、現代ならSNSをつかえば本人に届く形で一般人も批判を浴びせられますね。

www.oricon.co.jp

 

上沼恵美子(誰このおばちゃん)がメチャクチャにいってます。

www.hochi.co.jp

 

 

容疑者の親に息子の性癖について質問もします。

「犯罪者には何してもいい。身内でも」という考えでしょうか。

ちなみに質問した記者も袋叩きにあってました。

www.j-cast.com

 

仮に母親に自分の性癖知られてたら死にたくなりますよね。

エロ本見つかっただけで死にたくなるんだから。

 

 

細かい話はどうでもいいです。

純粋に、どうして「犯人かもしれない」人をここまで袋叩きにできるんだろうという、純粋な疑問です。

 

「やったかもしれない」と警察が逮捕して

「有罪だろう」と検察が起訴して

裁判で議論した挙句「有罪ですね」と裁判官が判断して初めて「有罪」なのに

 

 

 

「あいつはやったんだ」「ひどいやつだ」「母親もなんだ」「前から変な奴だった」

言いたい放題。

 

 

 

 社会の教科書に載っている「推定無罪の原則」ご存知でしょうか。

推定無罪(すいていむざい)とは、「何人も有罪と宣告されるまでは無罪推定される」という、近代法の基本原則である。

 

 分からないものは、分からないのに、「絶対やった」と言わんばかりの批判を浴びせられる理由は、分かりません。

 

 

 

もちろん、「やったかもしれない」ので、「彼はやってない」などともいえません。

「わからない」です。

 

 

 

1994年(平成6年)6月27日夜に発生した松本サリン事件に際して事件の第一通報者となった。警察から事件への関与が疑われ、長野県警は河野の自宅の家宅捜索を実施した。この捜索において農薬が発見されたことや、「河野宅において不審な煙を見た」との証言があり警察からの嫌疑が深まった。後に証言については虚偽と判明し、また農薬からサリンは合成できないことが判明している。

警察の捜査および情報のリークを受け、地元紙信濃毎日新聞や主要な全国紙を含め、多くのメディアが河野を犯人と決め付けて扱った。河野やその家族は断続的に長野県警松本警察署からの取り調べを受けたが、有力な証拠が見つからず逮捕されることはなかった。

その後、山梨県上九一色村(現・富士河口湖町)のオウム施設周辺において不審な証拠が発見され、さらに1995年(平成7年)3月20日に発生した地下鉄サリン事件によって、松本サリン事件もオウム真理教の犯行であることが判明し、河野への疑いは完全に解消された。

河野義行 - Wikipedia

 

 

 

 

広告を非表示にする